カウンセリングに2年間通い続けて変わったこと

カウンセリングに通うようになったきっかけ

もともとカウンセリングには興味がなく、どちらかというとアンチ派でした

高いお金払って話聞いてもらうとかアホらしいと思っていたし、カウンセリングに通っている人に「カウンセリングおすすめだよ」と言われても、いやお金払って話聞いてもらうとかバカだなとまで思っていました。

ここまでカウンセリングに対してアンチで合った自分がカウンセリングに通おうと思ったきっかけは、とにかく人間関係がどこに行っても壊滅的だったので、藁をも掴む思いでいろんな心理学の本を読み漁っていた時に岡田尊司さん著書の「愛着障害の克服〜愛着アプローチで人は変われる」という本を読んだことでした。

 

 

その本の中で、身近にいる人や母親が安全基地になることで、変われますが、それが難しい場合、カウンセラーなどに安全基地になってもらうのも1つの手法という内容を読んで、藁をも掴む思いでカウンセリングに行こうと決めました。

怒涛のカウンセラー探し

現在のカウンセラーに落ち着くまで、いろんなカウンセラーを見て回りました。

何回かカウンセリングしてもらっては、なんか腑に落ちないなと思って途中で行かなくなったり、そのカウンセラーを嫌いになったりして、結局カウンセラーをコロコロ変えていました。

その期間が5ヶ月ぐらいだったと思います。今のカウンセラーさんに落ち着いた決め手はこれです!とはっきり言えないのですが、フィーリングが合ったというか、相性もあるのかなとも思いますが、自分に合ったカウンセラー探しは本当に大変でした。

現在のカウンセラーに落ち着いてから約2年間経ちました

今は少しお休みしてるのですが、2年間同じカウンセラーとカウンセリングを続けました。

休んだ理由はまた今度話せたら話したいです。

1つだけ魔法のように変わったと思うことは周りからの私への扱いが愕然とよくなったことです。もちろん今でも見下されたなと思うことも色々ありますが、前と比べると断然かなりよくなりました。本当にどこに行っても人間関係で悩み、こんなことで関係終わる?ていうくらいしょうもないことで言い争いになり、気づいたら関係がギクシャクしていたり、そもそも人は私への当たりがきつく、なんか憑いてるんじゃないか、呪われているんぢゃないかとまで思っていました。今でもその考えは残っていますが(笑)

 

▪️カウンセリングを2年間続けていい方向に変わったこと

  • 一旦友達になった人と続くようになった
  • 自分と他人の境界線を前よりは引けるようになった
  • 母親からの分離が少しできるようになった
  • 今の自分の状態を自分で認められるようになった

▪️カウンセリングを2年間続けてマイナス?に変わったこと

  • カウンセリングに依存し過ぎてしまう
  • 母親への憎悪が増幅された
  • 自分の考えを整理できない

以前の方が、母親への罪悪感が強く、母親にも事情があったと無理やり母親を理解しようとしていましたが、今は自分の感情を優先させてるように感じます。自分の考えを整理できないことですが、前から整理できてなかったんですが、今は自分の頭の中が整理できてないことを客観的に見れるようになったからかも?しれません。

カウンセリングに通ったことは良かったこと?

今カウンセリングに依存し過ぎてしまって、カウンセリングというものを知らなければ良かったとまで思うくらい、すぐカウンセリングに行きたがろうとします。流石にお金がかかりすぎるので、時間を少なくしたり頻度を減らしたりしているのですが、次のカウンセリングの時までどうやって生き延びようと死活問題くらいにまで悩むことが今でも多くあります。ただそれでも、結果カウンセリングに行って良かったと思っています。今まで、話を聞いてもらうのが当たり前ではなかったので、自分なんかまともに話を聞いてくれる人なんかいない、自分の気持ちを拾ってくれる人はいなくて当然と思って生きていて、急に向き合ってくれる場所ができて、今までの当たり前は当たり前じゃなかったと思えたことが1つの収穫だと思いたいです。

 

自閉症を患っているためどこも雇ってくれず、自分で起業した方

自閉症を患っていた彼は、学生時代にいろんな会社へ応募し就職活動しましたが、どこも受からず、なら自分でコーヒーショップを作ってみよう!と学生からいきなり経営者になった方です。

現在コロナ下でも営業を続けてるみたいで、いつか行ってみたいです。

カフェの名前は、Red White & Brew Coffeehouseです。

インタビューでは、お母さんが自分の息子を誇りに思うと言っていて、母親の支えがあってのこともあるかもしれませんが、こんな風に自分の息子をすごく誇りにに思ってくれるお母さんがすごく素敵で羨ましいです

ただここまで自分の子供を立ててくれる親は日本は文化的に難しいと思うので、そこまで羨ましがる必要はないかもしれませんが...笑

www.cbsnews.com

よく健常者の方が、障害を持った方へのサービスを提供したりするのはよくあるかと思いますが、当事者の気持ちってなかなかわからないと思うんですよね。

あくまで自分が体験したことないものは想像するしかないと思うので。

なので、当事者が、自分と同じような障害を持った方を助けるための場所を提供するのは一番いいのではと勝手に考えました。

 

失敗してもいいので、自分もいつかこういう場所でも作りたいと思うようになりました><

1人でするのはかなり難しいと思うので、同じように何かしてみたいと思っていらっしゃる方いれば繋がりたいです。

自分の場合は、子供の時、家に居場所がなかったので、ふらっと気軽に寄れる場所が欲しかったです。

そしてそこでは必ず誰かが話を聞いてくれて、受け入れてくれて、いわば母親代わりのものが欲しかったです。

その日家に帰りたくなければついでに泊まれるようなお家カフェみたいなものあればいいなーとか考えました。

 

手書きイラスト無料|コーヒー フレッシュ|【公式】イラスト素材サイト「イラストダウンロード」

 

 

 

同じやり方で躓き続けてるなら別の方法を無理矢理でも試した方がいい

youtu.be

 

ADHDの方で、何度も仕事をクビになり、Youtuberの仕事を始めて成功された方。

 

同じ方法で何度も失敗していて、また同じことをする余力があるなら、他のことを試してみた方がいいということでしょうか

 

何年も前にこの動画を見つけて、すごく納得できましたが、電車の中で見るOLの人たちに憧れて、周りと同じようになりたくて、誤魔化した履歴書を会社の面接に持っていき、同じことを繰り返しました

 

事務作業が一番向いていないにも関わらず、一番向いてない職種にばかり応募していました

 

組織で働くことだけが働き方ではないというのは、最近よく言われていることですが、じゃあ組織で働かないで自分は何ができるのと聞かれても何も出てきません。

 

今流行りのフリーランスも、何年かその道を極めた人なら可能性はあるかもしれませんが、私のように何もスキルを持っていない人には無理でしょう。

 

それでも、また同じことをするよりかは、一度でも別の道を選んでみる価値はあるのかと考えます。

f:id:livingwithlowselfesteem:20210907235310j:plain

f:id:livingwithlowselfesteem:20210907235249j:plain

f:id:livingwithlowselfesteem:20210907235523j:plain

 

愛着障害と発達障害の関係性

自分自身が発達障害だと考えるようになったきっかけ

私は自分自身がADHDだと考えています。

そう考えるようになったきっかけは、仕事をあまりにも覚えられなさすぎて派遣をクビになったことがきっかけでした。

何か1つの業務をこなすと、必ず何か1つ抜けてしまう、○時にこの業務を行わなければならないという時間が過ぎでも気づかない、臨機応変な対応ができない、などです。

何か業務を覚えようとすると、頭の中に音楽が聞こえてきたり、とにかく眠気があまりに酷過ぎて、起きて出勤してきただけで疲れ切っている感じでした。

派遣を開始して1ヶ月でクビにになりました。

 

睡眠障害を疑い、入院をして検査を行いました。

結果は、正常でした。

 

その後、また別の派遣を行い、そこでもまた1ヶ月でクビになりました。

精神がズタズタになり、自暴自棄になり、風俗しか自分にできる仕事はないと思い立ち、その世界に少しだけ足を踏み入れましたが、余計精神的にしんどくなり辞めました、、

 

発達障害を疑い、発達専門のクリニックに行くと、チェック項目を記載された紙を渡され、印をつけていくと、ほとんど全ての症状に当てはまるというチェックが入りました。

医師からは、恐らくADHDでしょうと言い渡されました。

精密な検査をしたいと言うと、大学病院を紹介され、そこでMRI検査から積み木を組み立てたりする知能検査、目の速さを測ったり、私の小さい頃の様子を母親から聞いたりするなどの詳細な検査をした結果、症状を聞いた限りでは、ADHDと判断できますが、知能に何も問題は見られず、判断かつきかねるというなんともいえない判断を言い渡されました。

恐らく元々おっちょこちょいな傾向があり、家庭環境がかなり悪かったというところで、症状がかなり増幅されたのではないかと言われました。

 

愛着障害発達障害が関係しているかもしれないと考える理由

この本を読んだり、愛着障害について調べていると、ADHDのほとんどは、愛着障害が起因しているという説明を読んだためです。

もし、興味があれば読んでみてください。

皆さんはどう思われますか?

 

ずっと自分の生きづらさの原因は愛着障害だと考えていましたが、最近その結論に自信がなくなってきました。愛着障害だけでなく、もともと持って生まれた能力も低いため生きづらいのかと最近は考えています。

発達障害と呼ばないで (幻冬舎新書)

発達障害と呼ばないで (幻冬舎新書)

  • 作者:岡田 尊司
  • 発売日: 2012/07/28
  • メディア: 新書
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイコだけど大丈夫 「It's Okay to Not Be Okay」

最近すごくはまっているドラマがあります。

Netflixでしか見れないですが、愛着障害を抱えていると感じられている方にぜひおすすめのドラマです。

 

サイコだけど大丈夫 Netflix韓国ドラマ 個性的で美的な世界観 心の傷を癒す彼らの愛の物語|ドラマはびっと

 

-------------------------------

 

今から見たいという方は、ここから下にネタバレのことも書くので気を付けてください。

なぜおすすめなのか、簡単に言うと、恋愛ドラマですが、愛着障害についても触れているなと感じました。

 

主人公の女性は、実の両親から愛されずに育ち、人との接し方も独特だったり、分からなかったりするため、なかなか人と関係を結べずにいるという設定です。

 

実のお母さんについては、物語が進むにつれて明らかになっていきますが、途中までは謎の存在として描かれています。

実のお母さんがいなくても、夜中に悪夢でうなされたり、小さい頃に言われたことに呪縛され、なかなかそこから抜け出せません。

 

「あなたは外の人と関係を結べないから、家の中にいなさい。」

と小さい頃に言われて、その考えに反発心を持ちながらも、大人になっても守っています。

 

よくあるドラマでは、家族自体とは仲がよくて、外部の悪者や不幸に立ち向かっていくようなものが多いですが、このドラマでは、実の親と全く関係を結べていないところに一番共感できました。

 

本当のお母さんやお父さんとは、最後まで関係を結べなかったけど、周りの人たちの優しさや愛情に動かされて、乗り越えていくというお話です。

 

最後のエピソードに「偽物で本物の母さんへ」と題した手紙を読むシーンがあります。

その時に、自分自身と重ね合わせてしまいました。

 

実の親に愛されないと、人生終わりだと思っていましたが、実の親に子供を愛する能力がなかったとしても、自分の気持ちを汲み取ってくれる人や、理解してくれる人に1人でも人生出会えたとしたら、その人は救われるのかなと思いました。

 

すごく共感し、励まされました。

もし興味あれば見てみてください。

 

そんなに真剣な感じで描いてないところも見やすいです。

 

幸せの定義

幸せの定義ってなんですか?て一昔に質問されたことを思い出しました

 

当たり前に生活できてること自体が幸せなんだよって

世の中には明日のご飯がない人もいるんだよ

アフリカの子供達とか見てごらん

 

そんなことを言われても、じゃあ自分はは恵まれてるって思いますか

私は思わないです。

 

私が欲しいものは人とのつながりや愛情

それなくして、ちゃんと家があること、毎日ご飯を食べれることに感謝しろと言われても無理です。

 

家があること、ご飯があることが当たり前の環境に生まれてきたのに、そこに感謝することって難しくないですか

 

そこに感謝できない人は、ただれてるとか、感謝すべきだ、て言い張る人になんか腹が立ちます。

 

明日のご飯を食べるために、生きるのに必死の人ならまず悩まないって。

そんなこと言ってた人もいたなと思い出しました。

 

確かにご飯があって家があって、生活できるお金があることはいいことです。

それでも、「だから幸せでしょっ」てではなくて、それと抱えている生きづらさは全く別の物だと思います。

 

お母さんという存在の大きさ

お母さん

亡くなった方のことをあまり書くべきではないかもしれませんが、少し書かせて頂きます。

三浦春馬さんも、KARAのハラちゃんも、お母さんとのことでかなり悩んでいたように見受けられます。

 

両親にお金をせがまれるという経験は私自身したことはありません。

春馬さんは、お母さんの戸籍をぬいて、事実上家族ではなくなった。

それでも、自分を生んでくれたのはまぎれもない母だという罪悪感にさいなまされていたのかもしれません。

 

お母さんに愛されたかった

それにつきるのかもれません

 

私は、毒親と離れる方法だとか、母親をいかにして自分から切り離すかということに重点をおいて今生きています。

 

こんなことをされた、あんなことをされた、絶対に許せないって

怒っていいんだよとセラピーの方にも言われて

頑張ってそう思おうとしています。

 

それでも、時折、いやいつも母親がふとよりぎります。

こないだあまりにも寂しくて母親に電話をかけてしまいました。

その時、私にどうしてほしいのと聞かれ、なにも言えませんでした。

 

「愛されたい」なんて本人には言えない

だって愛する能力なんてないから

 

それでも愛されたい

憎悪と寂しさと罪悪感といろんな感情で頭の中がいっぱいになります

なにがなんだか分からなくなります

 

でもひとつだけ言えること

お母さんという存在はとてつもなく大きいものだと

 

お母さんがお母さんではない場合、離れるしかない

でもお母さんに子供を愛する能力がないと、子供はどこに愛情を求めればいいんでしょうか

 

世間で成功すること?

仕事で認められること?

 

必ずどこかに代わりを見つけようとします

私も例外ではないかなと

 

それでも、お母さんが「お母さん」じゃない場合、離れないといけないと私は思います。

もしお母さんが子供にかまって欲しいだけの場合、子供を自分をよく見せるための道具としか考えていない場合、お母さん自身が赤ちゃんの場合、そのお母さんの母親になるために生まれてきたわけではないと

 

そう言い切っても、どんなに決心しても、何年も会っていなかったとしても、母親はついてまわります。目の前にいなくても、脳裏にずっとついてまわります。

 

母親と関係を当たり前に築けている人が死ぬほど羨ましい

何かあれば、母がいると自然に思えている人が死ぬほど羨ましい

 

私もそんなお母さんに生まれたかった。。

 チキン、卵 - ヒヨコのロイヤリティフリーストックフォト